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―今の会社も辞めたい― Sさんのケース②

2016/04/01
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みらい総合心理研究所 所長 岸井 たみえ

 

●Sさん、36歳、SE、独身

3度目の転職後、父の突然の死にふれSさんは茫然自失となってしまい、父が言い残した「ちゃんとした会社に転職しなさい」という言葉だけが耳に残っていました。

 

孤立したSさん

Sさんは小学1年生の時、父親の転勤でスイスに移住しました。言葉がわからないSさんは同級生とのコミュニケーションが取れず、孤立し、いじめにあっていました。

そんなSさんに父は「言葉を覚えるいいチャンスだ」といい、気持ちを汲んでくれなかったのです。

小学4年生になったころ、日本に帰国し、私立の小、中、高一貫校に編入しました。

スイスでの生活が長くなり、日本人だけの学校生活に戸惑い、また孤立してしまったのです。

語学は得意でしたが、他の教科について行けず、成績はクラスの中でも下位となっていきました。

父はSさんに家庭教師をつけ、父は帰宅後に予習・復習の勉強をつきっきりで見てくれました。高校の頃には、トップクラスになり、父が望む大学に入学できるまでの偏差値を取るようになりました。

 

父の干渉

スポーツの苦手なSさんは、勉強の合間に聞いていた音楽だけが自分のストレスの解消でした。

思春期のSさんは自分の感情を封印し、父に従うことだけを守ることで道は開けると考えるようになっていました。

父の希望した大学に入学ができ、合格通知を受け取ったSさんはこれで父から解放されると思いました。嬉しさよりも父に干渉されていた自分に気がつきました。

 

入学したSさんは自分の見知らぬ世界に触れることが増え、しだいに勉強することの意味を無くしていき、授業に出席することは少しずつ減っていきました。

人とのコミュニケーションが苦手なSさんが出会ったのはハードロックの音楽でした。

丸坊主でピアス、メタルのついた洋服でギターを弾いていたころが今思えば一番充実していた生活だったと思い返します。

サークルの仲間とバンドを組み、深夜まで酒を飲み語り合っていました。

そんな中、現実は単位が取れず卒業が危ぶまれてきたのです。

厳しい父の顔が目に浮かび「あと1年留年させてくれとはいえない。遊び呆けている自分をばかにして終えるだけだ」と考えると同時に「退学して仲間と音楽活動をしたい」とも思いました。

しかし、結局は自分のやりたいことよりも、父が望んでいることを考え卒業することを選びました。

 

就職活動中にも父の干渉がありました。「あの企業はダメだ、こちらの企業にしろ」、と指示をされていました。

志望動機も明確なものは無く、内定を一番先にもらえた企業に就職を決めたのです。

ですが就職後、上司とのコミュニケーションが取れず、ミスが目立ち「高学歴なのにこんなこともわからないのか。無能力な奴だ」とレッテルを貼られてしまい3度目の転職となったのです。

 

会話が不得手なSさん

Sさんとのカウンセリングでは、こちらの質問に対して意味が通じていないためか何度か聞き返すことがあります。

特に抽象的な感情面の話になると、首を傾げ返答がありません。「例えば…」と、具体的に言いかえると理解ができ、会話が続きます。

多くの質問を一度にするとブレーキがかかり、沈黙になります。

父との関係のエピソードを話す経緯の中で、自分の気持ちを話すのにとても苦労していました。

相手に話が通じているのか、と不安な表情で話をするのです。1対1の会話はできるが、3人以上の会話にはついていけず、状況が読めません。

上司の指示が曖昧であったり、抽象的な投げかけをされると戸惑います。そのような状況で、上司から「できないやつだ」と言われてしまうことが多かったようです。

 

発達診断テストを受診

そこで、自分を知るためにも発達診断テストを受けてみることを提案しました。

Sさんは自分の生きづらさを感じていたこともあり、受諾しました。

1カ月後診断結果を持参しカウンセリングに来所しました。自己分析が丁寧にされたテスト結果でした。言語性、動作性の差があり、コミュニケーションの取りづらさが伺えました。厳しい父親の干渉でモラトリアムに陥ったのか、持って生まれたIQの指数なのかと原因の分析をしながらもSさんにはハードロックを熱く語る情熱があります。

 

父が亡くなり、時が過ぎ、自分を受け入れることに時間はかかります。

しかし、Sさんは「父が亡くなったからこそできることを今から見つけて行きます」と自ら伝えた時に、自立の道を一歩を歩き始めたのです。

 

「ハードロックが自分を救ってくれました」と強いSさんの意志を感じました。