原因不明の痛みと「私は嫌われている」という思い込み | BLOG | EAPとメンタルヘルスの事なら、みらい総合心理研究所へ

  • 11:00~18:00(最終受付 17:00)

  • 045-228-7171
  • 何でもお問い合わせ下さい

原因不明の痛みと「私は嫌われている」という思い込み

2009/03/01
ロゴ

みらい総合心理研究所 所長 岸井たみえ

 

疼痛性障害によるうつ病の発症が最近多くみられます。

疼痛性障害とは慢性的な痛みが続き、内科、外科、鍼灸院に通院するも気質的な異常がみられないためクライエントにとっては原因が分からず心理的負荷が強くなり抑うつ状態が続きます。

人生早期における母親への依存関係はその後の対人関係に大きな影響を与えます。疼痛を訴えるクライエントの中に母親への依存欲求が満たされずに葛藤し、痛みを訴える行動で対人コミュニケーションをとるケースが多く社会的不適応を招いています。強い依存欲求が潜在意識にあるため対人関係を持つときに、自分の痛みを訴え理解し、共感してくれる人に依存をぶつけていきます。

他人が本人を受け入れられず、距離をおくとクライエントは痛みを増幅し、救急車で搬送される場合もあります。

本人のご家族や周囲の人達が途方にくれる結果になっていきます。

 

1 疼痛性障害を持つA子さんの症例

35歳、会社員、家族は両親と弟(うつ病・疼痛性障害)の4人暮らし

主訴:全身の痛み

A子さんは12歳から17歳まで原因不明の腹痛で2回入院しました。26歳より体幹部の痛みや頭痛、腹痛に苦しみ、30歳になるとパニック発作(過喚気)を頻繁に起こしました。

腹痛も加わり内科を多数受診しますが原因不明のため心因性腹痛と診断され、心療内科、精神科に通院。薬の副作用が強く治療を継続できません。

やがて耳鳴りもひどくなり突発性難聴の診断を受け、後頭部から耳、下あごにかけての痛みを訴えますが、特に異常はなく、針灸院に通いますが症状の改善はみられません。この間30箇所以上の医療機関を受診しますが器質的異常は認められません。

 

2 A子さんの背景

(1)準備因子

母親の不注意で火傷を負った弟に対して母親は極端に過保護となり、幼少時からA子さんに対して情緒的無視、心理的虐待が考えられます。「汗臭い」「汚い」と言われ続け「自分は嫌われている」と思い、毎日全身をあかすりでこすり続け、強迫的な手洗いをしていました。母親に嫌われないように服装や言動などを母親の好みに合わせ、母の言うことには全て従っていました。

地方で育ちましたが母親がその地方の方言を話さないためA子さんも方言が話せず、いじめを受けていました。そのためか人に対して過剰な謙遜的態度で接してしまいます。

(2)発症因子

25歳で結婚しますが情緒的に夫と関われず31歳で離婚。その後自宅に戻り親から「社会に適応できない」と非難されます。両親は、うつ病と疼痛性障害を持っている弟にばかり関心があり、そのためA子さんは母親と口論が続きます。

 (3)心理的背景

 自信がなく、自宅にも居場所がないA子さんは、「私は汚い」「怠けてはいけない」という強迫観念が強く、絶えず手洗いと家の掃除をします。不自然な謙遜から人ともうまくつきあえず、社会不適応から疼痛を訴えることで存在を主張するにいたりました。

診察のたびに原因不明の疼痛と診断され、受容されないことから医療不信になりドクターショッピングを続けました。

 

3 カウンセリング経緯

A子さんは「すみません」という言葉がとても多く、顔を歪め「今も痛いんです」と言い、会話が途切れてしまいます。痛みをおさえ、足をひきずりながら歩くこと、深夜に腹痛のため目がさめて眠れないこと、手足のしびれが続き物を持てないなど痛みの会話が中心です。

認めてもらいたい。自分の存在感を得たいという欲求は人として生まれた以上、誰しもが持つ当然の感情です。その欲求が幼少期に満たされていない場合にはなんらかの手段でコミュニケーションを持とうとします。

A子さんの場合は、疼痛を訴えることで母に対して強い依存欲求を満たすことになります。

「自分は嫌われている。愛されるべき人間ではない」という謝った考えが根底にあり、謙虚な言葉遣いで痛みを訴え、他人に関心を持ってもらうことで欲求を満足させていました。

しかし、このような対人関係は長続きしません。相手を苛立たせることが多々あります。他人の言動に敏感なA子さんは相手の冷たい反応に「また自分は嫌われた」という思いを強め「私はどんな人にも好かれない」と思い込みが増していきます。

初対面の人には嫌われないようにという防衛的心理が働き更に謙虚になります。「いい人、優しい人、気が利く人」という印象をもたれますが数回の会話で相手は離れていってしまいます。「自分勝手な人、痛い痛いというだけで相手の気持ちがわからない人、謙遜しすぎて深みのない人」という印象に変ってしまいます。

A子さんに対して私が接するときに考えなければならないことは疼痛行動を減らすことと痛みを訴えてくるときに受容・共感・傾聴しながら依存欲求を満たしていくことでした。

まず、母親とのカウンセリングで本人の病態について話し合いました。重要なことは母の養育態度は本人を故意に傷つけてはいないという確認をとることでした。生育上で母子関係の歪みによる子どもの問題行動を取り上げるときは、母親を批判したり傷つけないことです。

子どもにとって大切な「お母さん」であること。私と母親とはA子さんを治療するための仲間として歩むことを約束していきます。

母親にはA子さんと散歩したり、買物したり、なるべく一緒に外出し、二人だけの時間を持ってもらいました。

会話は「痛み」についての話題を避け、景色の移ろいやショッピングでの感想など情緒的なふれあいを多く持っていくように提案しました。

A子さんには母親と私に依存欲求を満たす機会を与えながら「私は嫌われている」という考えを補正していきました。

 

4 最近のA子さん

強迫的な手洗いや掃除をする時間が減り、母親との積極的な関わりが増えました。一緒に散歩して、夕日や海を眺めて感じたことや立ち寄った喫茶店で食べたパフェやコーヒーの味について会話しています。A子さんの五感が活性化しているように感じます。

また、日常の生活行動の範囲も広がり、社会適応に必要な人間関係を築けるような経験を続けています。

母が、私といると楽しい、と言ってくれました

母親にも変化があり、女同士のふれあいを再確認したようです。以前は手をつなぐことに抵抗していた感がありますが娘が寄り添ってくるぬくもりに「再生した母」を感じているといいます。

A子さんとのその後のカウンセリングでは、痛みに対する訴えはなくなり、

「母が、私といると楽しい、と言ってくれました」と童女のような表情の笑顔を私に表出します。

まさに母親とともに「育て直し」をしている実感です。

A子さんは再び童女から成人への道をたどっていき良好な人間関係を築いていき、A子さんらしい自分を確立し、社会に適応していけると実感します。

社会適応できずに心理的葛藤で悩んでいる人は対人交流ができず、様々な手段を使って依存欲求を満たそうとします。

A子さんの場合は、親が本人の依存欲求をみたしていないため、親以外の他者に表出していました。

A子さんは幼児期に「痛い」と感じ親に訴えたとき、優しく包み込んでくれたという学習経験をしていました。

その経験は本人の潜在意識となっているため、故意に痛みを訴えているわけではありません。

A子さんが生きていくため社会とのつながりを求めるための手段が痛みを訴えるしかなかったということです。

人間は誕生とともに生まれる基本的欲求があります。それを満たしてあげることが、その後の人間の発達にとても大事なのです。その重要性を改めて考えさせられた症例でした。

「痛み」について心理的な側面から考えてみることも必要なのかもしれません。