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祖父と父と兄が憎い ~子育てにおける性別役割分担を考える前に~

2009/02/01
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みらい総合心理研究所 所長 岸井たみえ

 

父子家庭で起きた父殺し事件

父子家庭の父親が16歳の息子に包丁で刺されて死亡したというニュースが報じられました。息子に「お前の面倒をみることが負担になった」と言ったことがきっかけだったようです。

「どうしてこんなことをしたのか分からない。大変なことをしたと後悔している」

加害者のコメントです。

10年ほど前に厚生省の「育児をしない男を父とは呼ばない」というポスターが話題を呼びました。人気歌手安室奈美恵さんの夫SAM(ダンサー)に赤ちゃん

を抱かせたポスターは当時マスコミが一斉に取り上げました。

父親とは何かという議論が巻き起こり、様々な意見が男性から寄せられました。

特に日本では母親の愛情を賛美する母性愛神話が強いため、男性の育児参加を促すポスターに男性が不快感を持ち抵抗した感があります。

「育児は女。男は仕事」という価値観があるからでしょうか。

生まれながらに母性を持っていると信じている男性は、このポスターの意味を理解しようとしません。また、たとえ育児に参加したいと思う若い男性がいたとしても10年前の企業は長引く不況の下、人員削減・リストラなど厳しい現実が待ち受けていました。

現実には離婚率が高くなるとともに「父親が子育てをしている家庭」は増えているのです。

このポスターから10年経過した今、冒頭の父子家庭で事件が起きてしまいました。

この事件から母性神話や男の子育てという問題を考えざるを得ません。

 

自分はダメだと幼いころから思い続けてきたA子さん

A子さん22歳、学生。兄26歳、会社員。父57歳、会社員。母はA子さんが6歳のときに病死。

主訴:祖父、父、兄が憎い

 

A子さんは父のすすめでカウンセリングに来所しました。父は妻が亡くなった後に子ども2人を育ててきました。

大手企業に勤めていた父はA子さんの就職が決まって一安心しました。ところが1カ月もしないうちにA子さんは退職し、次の就職も2週間後に退職してしまいました。

そこで危機感を持った父親は、娘を男手一つで育てたため、社会性が育っていないのではと考え、カウンセリングを受けさせたのです。

初めて来所したA子さんは目を合わせることもなく「何故私はカウンセリングを受けなければならないのか分からない」と涙を流しました。

カウンセリングに対して抵抗感があり、座っていることがとても苦痛らしく落ち着きがありません。

就職することに自信がない。会社にいっても周りの人達の言動が気になり仕事の内容が頭に入らずミスがとても多い。

そのうち「何回も聞かないで!前に教えたはず」と言われ自信がなくなったのです。

「私は人と交流ができないんです。一人でいた方が楽なの。いつも一人でいたし人の気持ちが分からなくなってしまい、ダメな自分だと小さい頃からずうっと思っていたんです」

大粒の涙が両方の目からこぼれ落ちます。その日を境にA子さんのカウンセリングが続きました。

 

男尊女卑的な祖父と要領のいい兄

A子さんは人間不信です。

母が亡くなった後、A子さんの家に一人っ子である父の両親が家事手伝いにやってきました。祖母は病弱なため厳格な祖父が掃除洗濯、買物、教育まで一手に引き受け一家の中心的存在になりました。

父は帰宅が遅いため祖父母と兄と4人で食事をすることが多く、おかずも肉よりはお酒が好きな父のため、つまみ、魚、野菜の煮物などが主流でした。

祖父は男尊女卑的な考えで兄は家事手伝いはせず「女の子だから」というフレーズを前につけ何かと妹であるA子さんに指示をしました。

兄は要領がよく社交的であるため性格の違うA子さんに「人の気持ちを察してもっと優しい言葉を使いなさい。お兄ちゃんは礼儀正しいのにお前は……」といつも言われたそうです。

そのためか兄はいつもA子さんに「お前はグズでのろい」「お前は要領が悪い」「あーしろ、こーしろ」と言いました。特に兄は父の前ではいい子を演じ祖父にはお手伝いをしてご機嫌をとっていました。

そんな兄を見て、A子さんは私をかばってくれずに私を利用して自分をPRしていると思いました。

ある日、祖父から「お父さんが再婚しないのは性格が悪くて扱いにくいお前がいるからだ」と言われました。小学4年生の時です。

6年生で生理になったときは、友人に聞いて自分で生理用品を買ってこなければなりませんでした。買物をするとレシートを必ず祖父に見せなくてはいけないので隠れて見つからないようにしたそうです。生理用品は学校で捨てました。

祖父母が来た日からA子さんは泣きながら寝つき、いつの間にか朝を迎える毎日でした。

兄は「父はお前に優しすぎる。甘やかされて育てられているから祖父にいつも叱られるんだ」と言いました。

兄は中学の頃からA子さんに自分の用をいいつけることが多くなりました。

「(自分の居場所が離れているから)TVをつけろ。タオルを持ってこい。アイロンをかけろ」と言いつけます。不満を持ちながらも私はダメな人間だから言いつけられたことだけはやらなくてはと思っていたそうです。父が再婚しないのは自分のせいだから家のことをするのが自分の役割だと考えてしまったのです。

祖父、父、兄に口答えをしたことがなく、それは自然なことだと思っていました。

高校1年生の時、祖父母が亡くなり、それから家事全てを引き受けました。大学生の頃には、アルバイトをすることやサークルでの飲み会の誘いがあっても断りました。どうしても家のことが気になり、その日の食事のメニューを考えてしまうのでした。

就職活動の時期には自信がなく家にいた方がいいと思い消極的でした。仕方なく就職したものの仕事が覚えられなくなり不安で会社を辞めてしまったのです。

このような経緯を持っているA子さんの心に重くのしかかっているのは自分が生きているという実感より「他人は私を認めない」という強い不信感でした。

他人を疎み、自分を卑下する思考はA子さんの心の中を大きく占めていました。

最初に出会った頃のA子さんは、私に対しても敵意を示しました。その行為は防衛でもありました。

 

父と兄を殺したい

数カ月が過ぎた頃、A子さんは「父と兄を殺したい」と言ったのです。

今までカウンセリングを受けて自分の気持ちを振り返ったとき、父、兄は私を理解してくれていないということに気づきました。

「今までの私は父と兄の奴隷のようでした。私の意思は常に無視され、その結果今の自分がある。こんな私にした祖父、父、兄が憎い」

今、A子さんは精神的な親殺しの時期に来たようです。しかしA子さんの憎しみの感情があまりにも強いため私は父と会うことにしました。

父に一部始終を話し、A子さんの希望である「一人暮らし」をさせることになりました。父は快く引き受けて下さり、A子さんは自分を取り戻しつつあります。

失感情(悲しさ、悔しさ、怒り等の感情を自覚できない状態)から脱出し自分に自分の感情をカウンセリングで表出し、家の呪縛から解放しているのです。

子育て、性別役割分担について「男が子育てに参加する」「女は生まれ持った母性で子育てをする」「父は厳しくしつけし、母は優しくフォローする」という議論をする前に「片親になろうが子どもを見つめられる資質を持って子育てをしてほしい。そうすれば父子家庭でのいたましい殺人事件は起きなかったのでは、と思いました。