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介護者の苦悩

2007/11/01
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みらい総合心理研究所 所長 岸井たみえ

 

先日、グループホーム職員のメンタルヘルス研修を開催しました。

ニュースでよくとりあげられていますが介護現場で働く職員の過重労働は、残業時間が月100時間を越えており、正職員とパートの差はあるもののいずれにしても半端ではありません。

経営者との事前面談では

「残業が多く辞めていく人たちが多い。人手が足りず採用はしたいが、一方では人件費を抑えなければ経営が成り立たない」という悩みがありました。

 

 

このような環境で「うつ病」になってしまう職員が増え、休職者が発生している状況が報告されました。

必要な環境を今すぐに改善することはできませんが「うつ病」に対する知識と予防を優先して考えていくことを合意し研修に向け準備をしました。

 

事業理念と現場で板ばさみ

研修当日、玄関を入ると一人掛けの椅子におばあさんが腰かけており、不思議そうな顔でこちらをじーっと見ています。

「こんにちは」と声をかけると「こんにちは」と頭をペコリと下げます。

後の表情はなく職員から「お客さんだよ」と言われて頷いていました。食堂のあたりからは意味不明で理解はできませんでしたが大声で何か訴えているようにしゃべっているおばあさんの声が聞こえてきます。

このグループホームは認知症の老人18名を9名の職員でお世話しています。

ホームの方針は、「利用者を拘束せず、家族意識を持ち、一緒に料理、洗濯をして、入所者にも少しでもできることをしてもらいながら生活をしていく場を提供していく」ということでした。

ホームとしての理念も職員のミッションも明確になっています。

しかし時として頭で分かっていても現実は待ったなしです。私は実際には認知症の方に直接触れ合った経験がなく戸惑いがありました。そして、研修中に聞く職員の生の声は凄まじいものでした。

 

職員の方が食事介護をすると、いきなり腕を噛みつかれ挙句顔を殴られた。

夜中に徘徊が始まり冷蔵庫の中のものを全部食べられた。

せっけんを食べ物と間違え食べてしまった。

ガスレンジの火をつけ自分の手をかざし火傷をした。

夜おばあさんのベッドにおじいさんが入り込み大騒ぎになった。

入浴介護の時、急に暴れ出し湯舟に落ち、職員が骨折した。入所者は無傷でよかった。

 

数え上げたらキリがないんです。と付け加える職員の言葉にため息が洩れてきました。

職員のみなさんの腕や足には、打ち身や生傷があり、現場は戦場のような雰囲気があることが、強い臨場感とともに伝わってきました。

 

入所者に対して一瞬、湧き上がってくる感情に悩む真面目な職員

職員の悩みは、このような現場にいて入所者に対して一瞬にして湧き上がってくる感情に対してでした。

悩みや怒りを持ってしまい、それが罪悪感となり自分を責めてしまうことが多く、自分はこの仕事に向いてないのではないかと思ってしまうことだと告白しました。

「介護者は常に入所者の立場に立ち愛を持って接すること」そしてホームの理念とミッションに縛られ板ばさみの状況です。理想と現実、そのはざまで揺れ動き、今日か明日にでも辞めたいと考え気分は落ち込んでいく職員の状況が手にとるように分かりました。

カウンセリングにいらっしゃる方の多くは、真面目な性格で責任感が強く誠実で約束ごとをきちんと守る方々です。

介護職に就かれている方は特にこのような性格の方が多く目立ちます。

寛容度が高く、受容的でグチを言わない。本当に適職なのです。心から介護の仕事が好きなのです。好きだからこそ自分の性格にあった理念を守り変化させることが出来ずに苦しみ最終的には適職を捨ててしまうのです。

「噛み付かれてしまったとき、怒鳴りつけたくなりませんか?」

という私の質問に職員の方は躊躇しながら周りの仲間の様子をうかがいました。

一人の職員の方が「ある、ある、大声で言いたいことたくさん」

と言うと皆さんが頷きました。胸をなでおろしたように、「みんな同じ気持ちあるの?」

とお互いに確認していました。

「そんなこと絶対思ってはいけないと思った」と言う職員のストレスは相当高く、やはり最近辞めたいと考えていました。

 

自然に生まれてくる感情を認めること

人間があるがままでいられることは善悪の倫理や、正論ばかりではなく自然に生まれてくる感情を包み隠さず自分で認めることです。

「私はこんな感情を持ってしまった!」ではなく

「私にはこんな感情もあるんだ!突然噛まれたら痛いもの。『なんだよー!』って思ってもいいじゃない」

 

これです。

 

この場合は言葉に出して言うのではなく、沸いてきた感情を先に認めるのです。

言葉に出すときはグチとして友人に話せばよいのです。

「あのね、今日ね、おばあちゃんがいきなり……だからむかついたの!」です。

 

これで抑えていた感情を早く消化してしまえば、明日また新たなおばあちゃんに出会えるでしょう。

 

自分が認知症になったら入所したいホーム

このような話が続いた後、職員からホッとする話をいただいた。

「私たちは入所者のお年寄りから色々なことを学ばせてもらっているんです。お料理が得意なおばあちゃんは昔の記憶がよみがえるのか、『それは違う。この方が便利だよ』と手取り足取り教えてくれますよ」

ある男性職員は笑ってこう語ってくれた。

「自分のことを息子だと思っているのか、色々世話を焼いてもらうんです。立場が逆転ですよ」と。

胸につかえたことを吐き出した後の職員のみなさんの表情はとても柔和でした。

どの入所者にも生きる権利があり、介護者も入所者から救われることがあります。

そこで働く介護者にも生きていく権利があり、感情もあるのです。

入所者と介護者がお互いに共存していくことの大切さを身に染みて感じた研修でした。

 

研修終了時、玄関にいらしたおばあさんが、私を待っていらした様子で

「気をつけて帰るんだよ。じゃあね」

と声をかけてくださり、なんだか遠い昔に亡くなった私の母の声のような錯覚をしました。

懐かしく、子どもに返って甘えたくなりました。こんな気持ちも介護の方たちは感じているのでしょう。

見送ってくださった職員の方に

「私のこと覚えてくれていたのですか」

と聞くと、

「いえ、忘れているんですけどね」

という答えでした。

一抹の寂しさを感じましたが、私が認知症で受け入れてくれるなら、このグループホームに入りたいと強く思いました。